「このお客さんの、まだ誰も気づいていない潜在的なニーズは何だろう?」
銀行員として、私はかつて必死になって稟議書(りんぎしょ)を書き上げたことがあります。相手の深層心理まで読み解こうと、何時間も、何日も考え抜いて。
しかし、自信満々で提出したその書類は、上司に一蹴されました。 「……で、肝心の『今、目の前で見えている課題』の裏付けはどこにあるんだ?」
深く読み解こうと考えすぎて、一番大切な「顕在的な事実」が抜け落ちていたのです。「考えること」が「正解」から遠ざかる原因になる。 この皮肉な経験は、私にとって大きな転換点となりました。
四六時中、何かに悩み、考えすぎて動けなくなってしまう。そんな現代の私たちに、ジョセフ・グエンの『考えすぎない練習』は、驚くほどシンプルな解決策を提示してくれます。
それは、努力の否定ではなく、「思考」という名の暴走を止め、本来の「知性」を取り戻すための心の整理術です。
今回は、リスク管理のプロである銀行員が、あえて「考えすぎ」を損切りし、最短ルートで心の平穏と成果を取り戻すためのアップデートをお届けします。
その「深読み」は、分析か、それとも迷走か?
銀行員として稟議書(融資の承認を得るための書類)を書くとき、私は「お客さまの潜在的なニーズまで見抜いてこそプロだ」と思い込んでいました。
行間の裏の裏まで読み、まだ見ぬリスクや可能性を何時間も考え抜く。しかし、結果は「目の前の事実(顕在的なニーズ)」の取りこぼし。これこそが、本書で警告されている「思考の暴走」の正体でした。
「思考」と「知性」の決定的な違い
ジョセフ・グエンは、私たちの頭の中を二つに分けて考えることを提案しています。
- 思考(Thinking): 過去の後悔や未来の不安、複雑な仮説。いわば「脳の雑音」です。
- 知性(Mind/Intuition): 今、目の前にある事実に基づいた直感や、シンプルな真実。
私が稟議書で「潜在ニーズ」を追い求めていた時間は、実は「知性」ではなく、ただの「思考の迷路」に迷い込んでいただけだったのです。
銀行員が教える「損切り」の境界線
ビジネスでも日常生活でも、私たちは「考えれば考えるほど精度が上がる」と信じがちです。しかし、実際には「ある一定のライン」を越えると、考えれば考えるほど判断力は鈍ります。
そこで取り入れたいのが、自分の中での「思考の損切り」です。
アップデート・メソッド:10分間の「事実確認」ルール
- 今、自分の手元にある「確かな事実」を書き出す(5分)。
- それ以外の「もし〜だったら」「きっと〜のはず」という推測を、あえて一旦すべて捨てる(5分)。
- 残った「事実」だけで、まずは一歩動いてみる。
「潜在的な何か」を捻り出そうと机にかじりつくより、まずは「顕在的な事実」を埋める。そのシンプルな行動こそが、結果的に「考えすぎ」の霧を晴らしてくれます。
不安を「不良債権」にしない、心の損切り術
銀行の仕事において、回収の見込みが立たなくなった貸出金は「不良債権」と呼ばれます。これをいつまでも「いつか返ってくるかも」と抱え続けていると、銀行全体の経営を圧迫してしまいます。
私たちの「考えすぎ」も、これと全く同じです。
思考の「負債」を抱えすぎていませんか?
「あの時、あんなことを言わなければよかった」 「提出した資料、上司はどう思っただろうか」
こうした、いくら考えても解決しない「過去の後悔」や「未来への取り越し苦労」は、脳のエネルギーを際限なく食いつぶす精神的な不良債権です。
ジョセフ・グエンは、こうした思考の渦に巻き込まれたとき、「その思考自体に実体はない」と気づくことの大切さを説いています。不安は、私たちが作り出した「幻想」に過ぎません。
感情の「査定」と「損切り」
銀行が厳格な基準で資産を査定するように、私たちも自分の思考を「査定」する必要があります。
アップデート・メソッド:3つの「思考査定」クエリ
- 「これは今、自分にコントロールできることか?」
- 「この悩みは、1時間後に解決の目処が立つか?」
- 「この思考に、今の自分のエネルギーを割く価値があるか?」
もし、答えがすべて「NO」であれば、それは即座に「損切り」すべき案件です。
「考えない」という決断
損切りとは、失敗を認めることではなく、「これ以上、貴重なリソース(時間と心)を無駄にしない」という前向きな決断です。
稟議書の件でいえば、「顕在的な部分が抜けていた」という事実は変えられません。そこで「なぜ自分はダメなんだ」と考え続けるのは不良債権の保有です。 「次はまずチェックリストを埋める」という一点だけを決めて、残りの後悔はすべて市場から退場させる(考えない)。
この潔さこそが、次に進むための唯一のルートなのです。
マニュアルを捨て、「今、ここ」に没頭する
銀行員の世界は、厳格なマニュアルと規定の塊です。しかし、皮肉なことに、マニュアルを完璧に守ろうと考えすぎているときほど、目の前のお客さまの表情や、本当に求めている空気感に気づけなくなることがあります。
最高のパフォーマンスは、思考でがんじがらめになっている時ではなく、「考えていない時」にこそ発揮されます。
思考をリセットする「サードプレイス」の魔法
私は、嫌なことや「考えすぎ」のループに陥ったとき、意識的にある儀式を行います。 それは、「お気に入りのカフェで、コーヒーを片手に本の世界に没頭すること」です。
コーヒーの温かさ、豆の香り、そしてページの手触り。 こうした五感を刺激する行為は、暴走する脳のスイッチを強制的に「オフ」にし、「今、ここ」の感覚に引き戻してくれます。
読書に没頭している間、私たちは「過去の後悔」も「未来の不安」も持っていません。ただ、その瞬間の言葉と対話しているだけです。この「無」に近い没入状態こそが、ジョセフ・グエンの説く「本来の知性」が回復している状態なのです。
マニュアル(思考)を捨てて、フロー(直感)へ
準備や分析はもちろん大切です。しかし、銀行員が稟議書を書き上げ、あるいは商談に臨むとき、最後の一歩を後押しするのは積み上げた思考ではなく、その場で研ぎ澄まされた「直感」です。
「考えすぎない」とは、怠慢ではありません。 徹底的に準備し、最善を尽くした後に、あえてそのすべてを手放して「今」に没入する。 この勇気こそが、私たちのタイパを最大化し、人生の満足度を底上げしてくれます。
結び:10分後のあなたへ
もし今、あなたが何かに行き詰まり、頭の中がノイズでいっぱいなら、一度その思考を「損切り」してみませんか?
銀行員が1円の誤差を正すように、自分の心のノイズを正し、静寂を取り戻す。 まずは10分間、スマホを置いて、一杯のコーヒーを淹れることから始めてみてください。
「考えない」という練習が、あなたの明日を驚くほど軽くしてくれるはずです。
銀行員の独り言
銀行員は「1円のズレ」には厳しいですが、自分の心の「計算ミス」には意外と無頓着です。
「考えすぎ」は、脳のメモリを食いつぶすオフバランス負債(簿外債務)。 かつての私は、稟議書の行間を読みすぎて足元の事実という「担保」を見落としました。利回りに目を奪われ、元本割れのリスクを無視する投資家と同じだったのです。
回収不能な「後悔」や「不安」は、即座に**損切り(カットオフ)**すべき不良債権です。執着を捨ててB/Sをクリーニングしなければ、次のチャンスに回す資本が残りません。
カフェでコーヒーを片手に本に没頭する時間は、心のB/Sを健全化させるための「最も効率的な経営判断」です。
人生という市場は、常に「今」のレートで動いています。 古い帳簿に縛られず、身軽に次の一歩を踏み出したいものですね。
著者情報:ジョセフ・グエン
- 肩書き: 作家、スピリチュアル・コーチ。
- 活動の軸: 人間が本来持っている「知性」や「心の平穏」を引き出すための、シンプルかつ本質的なメソッドを提唱しています。
- 実績: 代表作である本書(原題:Don’t Believe Everything You Think)は、世界31カ国以上で翻訳され、Amazon.comでも1万件以上の高評価を獲得。特に「考えすぎて動けない」という悩みを持つビジネスパーソンや現代人に圧倒的な支持を得ています。
- メッセージ: 「苦しみの原因は外的要因ではなく、自分の思考の中にある」というメッセージを掲げ、心理学と直感的な知恵を融合させた、誰にでも実践可能なアドバイスを発信し続けています。



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